書籍・雑誌

夏目漱石

今日25日(金)は、仙台の気温も相当上がった。車を運転していると眠くなってしまう。ここ数日で桜も散った。桜吹雪。

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タラの芽も大分大きくなった。

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散り際の桜と新芽のコラボも美しい。

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4月20日から、朝日新聞で夏目漱石の「こころ」の連載が始まった。100年前の4月20日から、朝日新聞に掲載されたという。則天去私の漱石のことが、大江健三郎によって語られていた。

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漱石が生きた「明治の精神」 。当時の講演や日記には、現代にも通じる批評が鋭く刻まれているという。漱石は、機械化が進む文明発達の根源には人間の「横着心」がある、と語る。

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大学の時に買った「漱石全集」を出してみた。第12巻の「こころ」。

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懐かしい。大分変色もしているが・・・。

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当時は800円だった。毎月発刊された。手にとって読むことに楽しみを覚えていた。

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「こころ」の最初である。先生と私。

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漱石や森鴎外、島崎藤村、田山花袋などの明治文学に触れる機会も少なくなった。時々、読んでみると、本当に現代に通ずるものがある。理科系だった小生は、当時の先生に、「歴史を勉強しなさい」「明治文学をだいじにしなさい」と繰り返しいわれた。その意味が、今になって分かる。めまぐるしく変化する現代にあって、「不易と流行」を見極める視点を与えてくれることもある。本質を見逃さない何かを学ぶことも出来る。温故知新とも言える。「余裕派」と言われた漱石は、晩年には、身を自然にゆだねて生きる「則天去私」を語ったという。身を自然にゆだねることは、今こそ大切かも・・・?

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神の雫

今朝の仙台は、昨日同様薄化粧。

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遠見塚古墳が朝日に輝いていた。

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彼方此方で、冬と春が混じっていた。芽を吹き出すスイセンやチューリップ。

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 木蓮の芽も大きくなった。

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昨夜、風呂でコミック「神の雫」を読んだ。昨年9月以来。40・41巻を求めた。

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 このコミックの面白さは、ワインを表現するところ。ワインの表現を読むと、実に面白い。

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「女とワインは時間とともによくなる」

あの「モンローズ」みたいに生きよう。最後に残された時間を・・・。

「本当に透明で澄んだ、明け方の東の空みたいだ」

「このワインは男性的であり頑なで,若いうちはまったく微笑もうとしない」

「注がれるうちにつれ、暗い森に少しずつ光が差し込む気配が満ちていく」

「優れた古酒は,古いアルバムをひもとく時に蘇るめくるめく思い出のように、グラスの中で鮮やかさを取り戻していくものです」

現実はコミックのようにはいかない。高価なワインを集めようとも思わない。料理に合わせて、ワインを美味しく飲みたい。料理に合うワインの幅は、他のお酒よりも遙かに広いように思う。

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何か、ワインにはゆとりを感じる。ワインを飲むと次第にアナログの世界に近づいていく。ワインオープナーでコルクを抜く、グラスに注ぐ、ゆっくりと注ぐ、グラスを口に運ぶ、香りを嗅ぐ、口に含んで味わう。

歴史と伝統のあるフランスやイタリア、スペインで好まれる理由が、そこにあるのかも?

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約束の海

今日から弥生3月。いつもより遅い7時過ぎに起きた。本を持って風呂場に直行。半身浴をしながら、読書三昧。大好きな作家の一人、山崎豊子の「約束の海」を読むことにした。

あっという間に2時間。時計を見ると9時を過ぎていた。湯の温度も下がっていた。妻が、水分補給にとウーロン茶を持ってきてくれた。いつになく長い半身浴にあきれていたようだった。風呂から出て着替え、ストーブの前で読み続けた。

飲んだ次の日だったので、ココアとフレークにしてくれた。「約束の海」は、潜水艦に乗る花巻朔太郎を主人公にした小説である。1988年7月23日に起きた潜水艦なだしおと遊漁船第一富士丸の衝突した事件を思い出した。

衝突事件で30人の命が奪われ、潜水艦に乗る自衛官として、この仕事を続けるべきかどうかで悩む花巻の姿を中心に描かれている。フルート奏者頼子に惹かれていく花巻の心境の変化も興味深い。山崎豊子の作品はどれも、誠実に生きようとする一人の男を描いたものが多い。沈まぬ太陽の恩地元、運命の人の弓成など。男として、人として生きる上で大切なことを考えさせられる。

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山崎豊子は、綿密な取材を行って小説を書いてきたという。それだけに描写は鋭く、正確だ。訴えるもの、考えさせるものがある。今回の「約束の海」も、5年前に構想づくりに入り、3年前に取材を開始して、二年前からあらすじを作り、執筆に入ったのは1年前だという。いつかは書いてみたい人物がいたという。

今回の取材は、相当困難だったようだ。白い巨塔の医学、華麗なる一族の金融などを学んだ比ではなかったという。

本の最後に「執筆にあたって」が著されている。その中に、いろいろ勉強していくうちに「戦争をしないための軍隊」という存在を追求してみたくなりました、とある。

「約束の海」は、山崎豊子の逝去により未完となってしまった。とても残念に思う。この後、花巻朔太郎はどのように描かれていくのか楽しみだった。

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古本屋で見つけた「小説ほど面白いものはない」を引っ張り出してみた。自分の足で取材し、一日10時間の執筆活動、小説作法の秘密などが記されている。面白い。

昼前に読み終えて、運動不足解消に散歩に出た。カメラを持って。広瀬川沿いを歩いた。

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2時間ほど散歩して帰る途中、空腹を覚え、近くの坂内製麺に寄った。母と娘でやっているお店だ。珍しい。

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中華そばを頼んだ。あっさり味の方を。母娘のように優しい味だった。薄味の小生には、ちょっとしょっぱかったが。

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近くにある、LAY UP CARSにもよってみた。VOLVOやVWの車があった。輸入車は、見ていて楽しい。日本車にないデザインと雰囲気がある。

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一人という贅沢

数年前から一人の時間が増えた。大震災直後から、義父母の調子が悪くなり、週末には妻が介護に行っていた。義父は、日本庭園が好きで、松やサツキやナンテンなど、いつも綺麗になっていた。夕方に、植木に水をやる姿が、今でも脳裏に。

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子供たちも、自宅にいる時間が少なくなり、一人の時間が増えた。友人と飲みに行ったり,我が家に呼んだりした。

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それでも一人の時間が増えた。一人の時間があると、いろんなことを考える。悩むこともある。自分の思いや願いを大事にしようと強く思うこともある。

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趣味にも没頭できる。行き先を決めずにバイクでスタート。本を買い込み、風呂場で読書三昧。食材を買い込み、新しいレシピに挑戦(これは評判が良かった)。

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年中バラの剪定・・・など。

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昨夜も、本を持って風呂場に。2年ほど前の本である(松浦弥太郎著「今日も丁寧に」,2012年、PHP文庫)。

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日々を大切に生きる秘訣のようなものが著されている。松浦さんは暮らしの手帖の編集長である。

社会と関わっていれば,様々な出来事があり、絶えず影響を受ける。時には、自分らしくないほうに流されて違和感を覚えることもある。一人になって自分を取り戻せば、流されるのではなく、自分のフォームで泳いでいける。

自分が一人になるためには、相手にも一人の時間を上げることが大切である。というようなことが記されていた。実感として納得できた。

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心の力

木蓮のつぼみも膨らんできた。

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芽が出てきた。

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 空に伸びるケヤキの木も、新芽の準備がある。

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 今朝の気温は氷点下にならなかった。春はそこまで来ている。

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薪ストーブの傍で、ボーッとしながらワインを飲む。本を読む。雑誌を眺める。テレビを見る。

「早く退職して,ゆっくりとしたいな」と思うときもある。それを言うと「妻に、食べる術を見つけられたらね」ときりかえされる。同時に「仕事が好きなんでしょ」・・・と釘を刺される。笑ってごまかす。

ときどき、生きづらい世の中になったなと思う。グローバリゼーションとか多様な価値観をと言われるが、幸せのスケールは一本しかないような気がしてならない。

「お父さんの大丈夫ほど当てにならないものはない」と妻に言われるが、評価や競争原理だけで判断するのではなく、「まあいいか」という「いい塩梅」がほしい。これからの時代を担う若者は大変だ。

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姜尚中著「心の力」を読んだ。「なぜ生きづらいのか」の理由に3つがあるという。「代替案がない」「隣人がいない」「やるべきことがわからない」の3つ。

最後に「時代と心」でこう言う。社会に望みがなければ、そこで生きる人間の人生も望みのないものになる。社会が豊かで生き生きとしていれば,そこで生きる人間の人生も豊かになる、と・・・。

実感として分かる。

受験や就活・婚活で悩む若者は、生きづらくても、生きづらくても、最後まで放り出さずに、踏ん張ってほしいと、姜尚中さんは著している。

小生もそう思う。「生きていれば何とかなる」と。

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何があってもだから良かった

今日10月10日は好天になった。本来「体育の日」で、1964(昭和39)年に東京オリンピックが開幕した日である。平成12年以降、経済優先のためか、ハッピーマンデーになって,歴史が分からなくなった。これでいいのかと思うことがある。

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早朝、庭に出て木々を眺めると、サザンカが咲いていた。

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ちょっと上を眺めると、まだまだバラが咲いていた。ピエール・ドウ・ロンサールである。今年は、よく咲いてくれた。白とピンクで優しい花である。

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「何があってもだから良かった」を読んでみた。行商から始めて,AOKIグループを築き上げた青木さんが記した本である。

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本の中で伝えたいことは「人間を磨き、格を高める経営のための努力を継続することが大切だ」ということだ。100項目にわたって著している。実践力の向上、交渉力の向上、表現力の向上、信用力の向上、精神力の向上など、どの分野のリーダーにあっても参考になるだろう。選択と集中力の向上では「誰からも好かれようとの意識を捨てる」というタイトルで、すべての人からよく思われようと考えず、自分が絶対に行わなければならないことに集中します。自分の意志を確立し,それに向かって全力で邁進することが,結局は大きな社会貢献につながり、信頼されるポイントです、と記されていた。この部分は同感だ。あれもこれもではなく、組織の強みを大いに活用して、重点化して取り組むことが大切かと実感している。

 この文章を読んだとき、曽野綾子著「いい人をやめると楽になる」を思い出した。

 経済優先,効率優先の社会にあって、きっと多くのストレスで人間関係に悩んでいる方も多いのだろう。

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山崎豊子

大好きな作家、山崎豊子が亡くなった。「白い巨塔」「沈まぬ太陽」「運命の人」など、数々の作品を読んだ。

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「白い巨塔」はTVが最初で、田宮二郎と太地喜和子の演技が印象的だった。喫煙が世の中で認められていた時代だったので、煙草を吸うシーンが非常に多い。

唐澤寿明と黒木瞳のTVもほぼ毎回見た。財前五郎が命を落として行く姿に、世の中の道理を感じた。

一番心を動かした作品は「沈まぬ太陽」である。主人公、恩地元の生き方から多くのものを学んだ。原作は少しずつ販売された。次が出るのを楽しみにしていた。あれは、もう20年近くになるだろうか?一晩で読み終えた記憶がある。

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左遷されても、その人の気持ちにぶれがなければ、感動のある人生が送れることを感じた。正統な人間が正統に評価されることの大切さも実感した。渡辺謙が演じる映画も観た。恩地を演じる迫真の演技に感動した。

作家、山崎豊子の取材の緻密さは凄いと聞いていた。その様子を著している 「大阪づくし 私の産声」「作家の使命 私の戦後」「小説ほど面白いものはない」も読んだ。

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和歌山のホテルに滞在して作品を描くという話も聞いたことがあった。そんな作家がいなくなった。寂しい。

彼女の小説信条は「半年勉強、半年執筆」という。取材には相当のエネルギーを使うという。緻密な取材が素晴らしい作品を生み、読者に感動を与えるのだろう。

もう一度、作品を読む機会を持ちたい。

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逝きし世の面影

1378373706367.jpg 以前から読みたいと思っていた本があった。それは「逝きし世の面影」である。なかなか買う機会を持てずにいた。この本は1990年代に刊行された。時々思い出しては忘れ、また思い出すという感じだった。本屋に行き探し忘れることも多かった。最近、アマゾンで本を買うことも多くなった。それを利用して,中古本を注文した。いつもよりも時間がかかった。 8月23日付の朝日新聞で,著者の渡辺京二さんのインタビューが掲載されていた。この記事で再び思い出して、早速購入した。  500頁に及ぶ本は,読破するのに時間はかかるが、幕末から明治にかけて日本に滞在した外国人の記録には、驚くことばかりだった。時間をかけて一読の価値がある。 現代に生きる私たちが忘れている日本人のよさ、規律と秩序が保たれていた日本のよさを知ることができる。 モースの言葉「日本に貧乏人はいるが貧困は存在しない」は印象的だった。 日本では、貧は惨めな非人間的形態をとらない。日本は貧は人間らしい満ち足りた生活と両立すると彼は言っていると記されている。 イザベラ・バードは東北横断の旅で米沢に入ったとき,こう記している。「米沢平野は南に繁栄する米沢の町、北には人で賑わう赤湯温泉をひかえて、全くのエデンの園だ。鋤のかわりに鉛筆でかきならされたようで、米、綿、トウモロコシ、煙草、麻、豆類、茄子、くるみ、瓜、胡瓜、柿、杏,柘榴が豊富に栽培されている.繁栄し自信に満ち、田畑のすべてがそれを耕作する人々に属する稔り多きはほほえみの地、亜細亜のアルカディアなのだと言っているという。 オールコックは、日本は「子供の楽園」。親は躾で子供を叩かない。 インタビューで渡辺さん言っていたが、人が生きていく上で大切なことは「どんな友に出会ったか、どんな仲間とメシを食ってきたか。これが一番」であると私も思う。そこでどんな関係ができて、何を得て,どんな人間になるかということが生きる意味だと思う。 最近は、経済を中心に効率が優先されるあまり、「どんな」というプロセスが疎かにされている気がしてならない。 温故知新というが、日本人はもっともっと「故きを温ねて新しきを知る」という世界を持っていいのかもしれない。年のせいかもしれないが、最近古いものによさを感ずる。原点を知る喜びもある。 自分の故郷に目を向けて、ゆっくりと生きる術を探りたいとも思うこの頃である。

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本当に 考える時が

神戸の友人からメールが届いた。ラジオで1000年の一度の猛暑だと流れたという。

そして今日は、高知で最高気温が41度で記録更新。41度というと、お風呂のお湯の温度である。

きっと、震災で仮設住宅にいる方は、気温以上の暑さを感じているに違いない。

1000年に一度の大地震と言われる東日本大震災から2年余り。「1000年に一度」がキーワードになるのか?

1000年と言うと、長生きになったという日本人でも語り継ぐことはできない。せいぜい100年がいいところ。

「温故知新」ということを真剣に考える時期が来ているのかもしれない。

もっともっと、ゆっくりとぼんやりと歩む必要があると実感する。じっくりと考えるためには、インターネットからの情報を捨て、自らのペースで考える必要があると思う。

大自然に触れ、大自然の恐さを感じながら・・・。

Sikouryokus

昨日読んだ、外山滋比古著「思考力」には、知識を捨てよ!思考せよ!知識は何も生まない!などと記されている。そうかもしれない。いろいろなところから様々な情報や知識が入ってきて、満杯になったハードディスクの如く、新鮮な状態になりにくい世の中になっているのだろう。

いつも、「頑張ること」「勤勉さ」を要求されているから、緊張のあまり、ますます泥沼に入っていくのかもしれない。

先に記した「これからどうする」では、元朝日新聞の辰濃さんが、超高速、超過密、超情報化の時代にあって、4つの軸を大切にしたいと言っている。

ゆったりとした静謐な空間に身をおく。

ぼんやりの時間をたくさんもつ

大自然に溶け込むことに喜びをもつ

土を踏み,風に祈りながら歩く

どれも難しい状況にある自分だが、バイクに乗っているときだけは、自らを振り返ることができる。

猛暑では、バイクに乗るのもつらい。今日の夕方の仙台の気温も今までにない。

GOLFⅣのインジケーターはこうだった。

Mousyos

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諦めも大切

曽野綾子の『人間にとって成熟とは何か』を読んだ。自分のことを振り返り、反省することばかりであった。著書ではこうあった。 品のある人間は、思ったことはそのままいわない。品を保つということはひとりで人生を戦うことなのだろう。自分を失わずに誰とでもおだやかに心を開いて、会話ができ相手と同感するところと拒否すべきところを明確に見極め、その中にあって決してながされないことである。 健康を志向し、美容に心がける 、たいていの人がこの二点については比較的熱心にやっている。しかし、教養をつけ  心を鍛えるという内面の管理についてはあまり熱心ではない。 と著されている。 私は妻に思ったことをズバリと言って不機嫌にさせてしまうことがある。まだまだ大人になっていないことを痛感した次第である。 ところで、曽野綾子のこの本は、私たちの日常生活において大切なことを教えてくれる。 改めて  深く考えるに至った。 内面は言葉遣いに現れるという部分があるが、よく目にすることである 。かつてはかなりあったように思う。上司の言葉遣いに大変違和感を感じたことがあった。そんな経験から、職場では職員同士の言葉遣いは十分に注意しようと呼び掛けている。 若いスタッフを育てる意味でも大変重要だと感じているからだ。 この話の最後にこう記されている。 謙虚にひとりの人間として誰とでも付き合うとだれもが私にとって貴重な知識を教えてくれる。 また、別のところでは、諦めることも大切で、それも成熟と。 私も最近はかなり諦めるようになった。まだまだやれると思うこともあるが、まあいいや、と思うことが多くなった。そうすると、スーッと肩の力が抜けていく。 諦めて悔やむこともだいぶ少なくなった。諦めて悔やんでいることは、一つある。それは、廃止になった栗原電鉄の駅の写真をとっていて途中で諦めたことだ。当時の写真を見て悔やんでいる。 1376034438319.jpg 1376034455058.jpg 今では、無理であるが、何処かで見ることができるだろう。栗原市は、惜しいものをなくしたように思う。 今夕は、ホシヤマ珈琲で締めくくった。目の前の100脚の器は圧巻であった。 1376034463512.jpg

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