« 十和田から八幡平へ | トップページ | 秋保の紅葉も終わりに »

そこに音楽があった 楽都仙台と東日本大震災

つい最近、楽都仙台と東日本大震災「そこに音楽があった」という本が出た。

Dsc06329

梶山寿子著、文藝春秋からである。ここには、大震災以降の仙台での音楽活動が紹介されている。梶山さんが2年にわたる取材でまとめたものだ。

第一章には「明日という日があるかぎり」というタイトルで、仙台市立八軒中学校の吹奏楽・合唱部の動きや、仙台の荒浜や蒲生で被災した方々の思いが著されている。

Dsc06330


八軒中学校の吹奏楽・合唱部は大震災の1週間ほど前に歌った「あすという日が」を、震災後から1週間ほど経った3月19日に、八軒中に避難をしていた方々のために歌った。

そこから「あすという日が」を歌う八軒中学校の物語が始まる。その年の7月にはCD化され、売り上げのすべてが仙台市に寄付された。梶山さんの本にも記されているが、1,000万を超える額となった。

Dsc06320

現在の深沼周辺。

梶山さんは後書きでこう記す。「3.11の記憶を風化させてはいけない。そんな使命感から始めた取材だったが、私個人にとっても忘れがたいものとなった。津波の被災者の方々の壮絶な体験談や、沿岸部の惨状が心に焼きついて離れないことに加え、取材の途中で、私自身も大きな災難に見舞われたからだ。」

Dsc06322

荒浜小学校。ここに多くの方々が避難した。その一部の方が八軒中に。

Dsc06323

蒲生にある、中野小学校にもたくさんの方が避難。現在、中野小学校は取り壊された。

Dsc06325

跡地にはこのような碑がある。

Dsc06324


Dsc06326

Dsc06327

この向こうにある蒲生海岸は、堤防で見えない。

「そこに音楽があった」を多くの方々に読んでほしい。神戸の方にも紹介したところ、早速「感動の記録」との声が届いた。

梶山さんはこう言う。

「私自身も泣きながら書きましたし、
読まれた方も、あの第1章に心を動かされると言ってくださいます。
「涙なしには読めない」と。

|

« 十和田から八幡平へ | トップページ | 秋保の紅葉も終わりに »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

☆binkenさんへ
八軒中学校の吹奏楽・合唱部は大震災の1週間ほど前に歌った「あすという日が」のCDをネットでゲットしました。

投稿: LYNX☆ | 2016年11月 1日 (火) 08時39分

☆LYNX☆さんへ
ありがとうございます。
「そこに音楽があった」という本も素晴らしいです。是非読んでみてください。

投稿: binken | 2016年11月 1日 (火) 22時24分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: そこに音楽があった 楽都仙台と東日本大震災:

« 十和田から八幡平へ | トップページ | 秋保の紅葉も終わりに »