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没頭

今朝は、雨模様。

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もうすっかり秋が来たようだ。

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栗も色づいてきた。

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カボチャの花に、蜂とアブ?

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休日の昼に料理に没頭。食材はカボチャにゴボウジャガイモなど・・・。

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オリーブオイルと塩と胡椒で混ぜたカボチャをルクレーゼの鍋に入れる。水はなし。

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火は弱火から中火。

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15分ほど経つとふっくらと仕上がる。カボチャの洋風仕上げとでも・・・。

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ゴボウは、少しの酒と醤油を。梅干し二つがポイント。これも弱火で。

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ジャガイモはダッチオーブンで。ポテトサラダやいろいろなものに使える。このまま食べても美味い。

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この頃我が家は玄米に黒豆を入れて炊く。

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昼食は、カツ丼に。
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パセリをたっぷりと刻んで卵と一緒に和えると美味い。

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できあがり。玄米ご飯にのせる。

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今日も仙台は、曇り空。

料理に没頭していると、すべてを忘れる。バイクに乗っているときも同じだが。やっぱり何かに没頭することは、次のエネルギーになる。

ちょっと長くなるが、以前読んだ「やわらかな脳のつくり方」という本にこう記されていた。

人は経済的な潤いや自己実現を名目に外へ働きに出たがる。最終的には「幸せ」を求めているのだと思うけれど,結果,仕事上の人間関係でストレスを背負い込み,料理の時間がなくなり,子どもたちの心の動きや顔色,妻や夫の気持ちなどに細々と気付く時間がなくなり,人と人との触れ合いがなくなって。家庭がホテルと化し,結局みんな寂しく不幸になってしまう。これは大変な皮肉です。
 ここで忘れられているのは,人と人との触れ合いには,ディテールが大事であり,時間がかかるものだということでありましょう。中でも料理というのは,温かい人間関係をつくりだすための,誠にもって強力な武器となります。ごく簡単な料理でも,知らず知らずのうちに,大きな威力を発揮するものです。
 食べるという行為が,人間の本能を満足させるための重要な要素の一つであることは否めませんが,料理をするというのは,食べる行為以外にも,料理する過程において,人間の脳を満足させるべく,様々な刺激を提供します。
 ストーブや湯気の熱と色,きざんだり攪拌したり,ジュージューと焼ける又はグツグツと煮える音,魚やパイや生地の手触り,様々なスパイスや焼けるいい匂い,そばで手伝いたくてウズウズしている子どもたちの表情と歓声,・・・・もう際限のないほど,多様で小さな刺激が織り混ざって,一つの「料理する」という情景を生み出しているわけです。 この情景の一つ一つの小さな刺激が,五感の記憶となって積み重なっていく。その記憶全体が,満足あるいは幸せの感覚となって,静に染み渡るのでありましょう。料理なしに,同じだけの快い記憶を家族全員の脳内につくり出すのは,至難の業ではあるまいか。
 家庭という概念あるいは社会単位が崩壊しつつある現代,「手料理」などとは,なんと時代錯誤な,という誠に表層的な反論をもつ人がいるかも知れない。そういう人は,人間の脳を満足させるためには,実にシンプルで基本的な行為こそが,最重要であるということを見逃してはいまいか。

 

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コメント

今晩は
いつも、貴重な学びを頂きありがたいです。
下手な横好きの趣味を、させてもらえる夫のために、明日の朝、手料理を・・・・と思います。ありがとうございました。

投稿: t-higasikouji | 2014年8月30日 (土) 22時35分

☆higasikoujiさんへ
 手や足を動かしていると、自分に合っているなと思うのです。頭よりも身体を動かしているほうが似合っているようです。
 今朝は、散策で改めて自然の美しさを感じてきました。

投稿: binken | 2014年8月31日 (日) 08時21分

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