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2014年3月

桜満開

埼玉は富士見市に出掛けた。30日(日)は、雨模様だった。

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池袋まで東武東上線で30分ほどの街である。

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かつては広大な畑が広がっていたらしい。昭和52年から4分の1世紀ほどかけて、新しい街並みが出来たという。「絆」というテーマの碑があった。

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桜は満開。青い空に桜が見事に染まっていた。

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ふじみ野駅前の桜は、濃い色をしていた。

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早朝に公園を散歩する人も、頭上の桜を笑顔で見ていた。

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木蓮と桜のコラボレーションも見事であった。春を実感できる一シーン。

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空き地の畑には菜の花が。

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足下に目をやると、鮮やかな、花の色合いと朝陽が。

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仙台よりも10日以上早いかな。

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リクルートスーツに身を包む若者が多くいた。春は、いいな。希望があって。気持ちも前向きになれる。一抹の寂しさもある。今回の足は、オデッセイ・アブソルート。ちょっと面白いことに挑戦した。

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異様な雰囲気 地下鉄

出会いは別れの始まり

この時期は、嫌な季節である。

昨夜は、送別会。

長い間、一緒に働いた友との別れ。

会食をしながら、昔話に花を咲かせる。今しか話せないこともある。

暴露ばなしもある。それが許される。

人間いろんなかかわりがあり、そこから、いいことも悪いことも学ぶ。それがまたいい。

それぞれの持ち味もわかる。いなくなってはじめて、その人の存在感を認識することもある。灯台下暗しということが、こういう時も当てはまる。

メトロポリタンの料理も、やさしかった。東口から、ちょっと歩いた。いつもは上を向くが、今日は足元を見ていた。

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楽天の本拠地までの路を歩くと、思いがけず、面白いものをみつけた。

こんなものがあったのだ。

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西行法師の山家集。

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前日の夜。地下鉄に乗った。手すりに秋田大学の広告がった。

 

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国立大学も、このように広告を出す時代になったのだ。

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地下鉄はシーんと静まりかえっていた。でも異様だ。スマホに向かっている。これで大丈夫なのかと?と思ってしまう。自分もスマホを使っていながら。

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ダッチオーブン

3月最後の金曜日の朝は、霧が発生した。なんとなく草原の朝靄を思い出した。Img_0174

よく、キャンプに出掛けていた時、朝靄に出会った。少しずつ、靄がなくなり、景色が開けて行くことや太陽のエネルギーの凄さを感じたものだ。幻想的な世界にも何度か感激した。長野の上高地に行った時には、まさに、幻想的な世界だった。

キャンプでは、バーベキューをしたり、大鍋料理をした。いつかは、ダッチオーブンをと思っていた。そうこうしているうちに、キャンプの回数が減った。ダッチオーブンへの思いは何処かに!

再び蘇ったのは、何年か前。ハーマンのガスコンロに出会ってからだ。

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肉をフライパンで焼き目をつけてオーブンに入れる。

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ジャガイモや人参と一緒に。待つこと、約40分。

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適度に水分が抜けて、肉や野菜の旨味が、凝縮される。

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ワインが実に合う。

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大和葡萄酒から送っていただいた古代甲州。

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コミック「神の雫」でも紹介されていた。すっきりとして飲みやすい。

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夕方出掛けるときに空を見上げると、ジェット機の軌跡が沢山。仙台の上空を飛ぶ飛行機は相当なものだ。

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忙しい3月末。出会いと別れの弥生3月。「笑顔があるからがんばれる」・・・。

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すっかり春 

27日(木)の朝は雨。芽吹いてきた木々が雨に洗われて。一段と輝いていた。

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ライラックの芽が随分と大きくなり開いてきた。

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アジサイの芽も大分膨らみ開いてきた。

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沈丁花の花が開き、綺麗に咲いていた。

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柊ナンテンの黄色い花も咲いてきた。ナンテンには余り目がいかなかった。案外可愛い花を付ける。

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昨年秋に植えた水菜もつぼみが出てきた。昨夜は風呂に入りながらじっくりと読書。そして新聞を読んだ。 いろんなことを考えた。

本当に必要かな?リニア中央新幹線。2027年開業予定のリニア中央新幹線に環境破壊の懸念が強まっているそうだ。昨日の朝日新聞によると。

JR東日本の新幹線のスピードも320kmにも達するという。電力消費量も相当なものだと想像できるが、リニアも相当なものらしい。 原発事故の問題も解決されていないのにこれでいいのだろうか? もっと、節電を推し進める必要があるのでは? 本当にリニアが必要だろうか?人口がどんどん減少する日本にとって、やるべきことは他にあるような気がしてならない。子育てをしやすい社会づくりとか、エネルギーを少なくする生活の仕方の推進とか? 仙台の地下鉄東西線も同様である。本当に必要だろうか?

国民一人当たりの借金も相当なものである。負の遺産である。経済優先でいいのだろうか? 昨夜はこんなことを考えてみた。

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さて、我が家は、玄米を食べることが多い。黒豆や小豆を混ぜる。食べると味わいがある。煮物や焼き魚も多い。日本の料理の良さを感じる。妻は、おからや豆腐料理、昆布や蓮根を使った煮物をよく作り置きをする。それを、ネコのように、むさぼる輩がいる。 玄米を始め、日本の伝統料理にはじっくりと味わえるものが多い。速さだけでは、作れない何かがある。時間とともに、その変化を味わえる何かがある。ワインのように。

今夜は、娘と二人だけで食事に出かけた。握ってくれた職人さんと会話をしながら食した。サヨリを頼んだ。

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とっても綺麗だった。職人さんが「我々の世界では、腹黒い人」という意味で使うという。サヨリは表面は綺麗だが、腹は黒くなっているのでそう言うのだそうだ。「なるほど」と頷いた。娘は大笑い・・・。

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ワインハウス ブウションでいい時間を

昨夜は、仙台駅東の元寺小路にあるワインハウスブウションにて会食。

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昨年夏以来である。

ブウションは1993年からお店を開いている。かつては、ちょっとしたチーズのみでワインを楽しめた。

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入り口もお洒落で通行人の目をひく。

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今では、食事をしながらワインを楽しむことができるようになった。

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二階の静かな空間で会食。仲間はとても喜んでいた。パーティーコースで5250円は大変リーズナブルである。

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最初は,スパークリングで乾杯。すっきりとして飲みやすい。

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そして、前菜は、イカのグリエ。生野菜との相性がとても良かった。ちょっと濃い味がスパークリングを引き立てている。

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そして、白ワイン。リゾットに合う。オーストラリアのKさんは、日本の料理はすばらしいと喜んでいた。特に、イタリアンはオーストラリアのイタリアンよりも美味しいと。

リゾットは良くつくるという。

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そして、鶏肉に赤ワイン。適度な鶏肉の脂分を赤ワインが中和してくれているようだった。

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最後は、デザート。飲みやすかったスパークリングをおかわりする人がいた。赤ワインをもう少しという要望に応えてボトルを一本。

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いい時間が流れた。BGMはkenny Gであった。これまたワインと食事に絶妙なコラボ。

ブウションの店主でソムリエのHさんも元気だった。1999年、Hさんから勧められ、ワインセラーを購入。あれから15年が経つ。2度ほど修理をした。エレクトロラクスのワインセラーは、無音、無振動である。修理は、東京のDometicのMさんが来てくれた。アンモニアと水との反応で冷やすワインセラーである。Mさんは大震災直後にも電話をくれた。「大丈夫でしょうか?」と。有り難かった。

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ブウションを出るとき、階下を眺めた。入るときには、まだ空いていたが、お客さんで一杯だった。人気のようだ。ソムリエのHさんが外に出て見送ってくれた。みんな、ちょっと赤くなった素敵な笑顔でお店を後にした。

帰ろうと思ったが、職を離れる方と二次会。「魚が旨い店と申します」へ直行。親方は相変わらず元気。

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締めは、「南部美人」。出会ったことのない「南部美人」であった。11時には帰宅。品行方正?である。

食事をしながらワインを飲む。楽しい話をしながらワインを飲む。明日のことを考えずにワインを飲む。贅沢な時間を過ごせることを有り難いと思うばかり。

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今日は、HUGGY WINEから“SAKURA” JAPAN WOMEN’S WINE AWARD2014 「Gold」受賞のハギースパーク 重畳(ちょうじょう)が届いた。楽しみである。今夜は休肝日。

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蕎麦も奥が深い

昨日24日(月)はコートのいらない日だった。4月中旬以降の温かさだったのでは?夕焼けも綺麗だった。

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昼時、忙しい時間の合間をぬって、すぐに食べられる蕎麦を求めた。北仙台の自由庵に寄ってみた。

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蕎麦の腰もあり、すっきりとしている。たれも甘くはない。ざる蕎麦である。

仙台にも蕎麦屋が増えたようだ。古民家を利用した蕎麦屋が増えているようだ。数日前に、泉区の松陵にある「山査子」に寄った。

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立派な自宅を使っておもてなしをしている。中にはいると、おひな様が飾ってあった。

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普通の自宅を使っている。玄関もよくある作りである。

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椅子席と座る席が用意されていて、予約席が多かった。中も華やいだ雰囲気で女性には喜ばれるだろう。

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盛りそばを頼んだ。蕎麦屋にしては珍しく、最初にサラダと蕎麦粉でつくった「?」が出てきた。

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蕎麦の他に、リンゴとご飯とキムチ、煮物まで付いてきた。これで700円は安い。

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蕎麦打ちは女性であった。店を開いて7年ほどになるという。長年の夢だったらしい。「蕎麦を少し多めにしておきました」と声を掛けていただいた。有り難かった。小生には、ちょっと多すぎた。

「山査子」には、予約をして来る客が多いようだ。しかも女性が多いような気がした。女性に喜ばれる品々のようだ。

「山査子」とはどんな意味なんだろうと聞き忘れたので、とりあえず調べてみた。

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「山査子」は、バラ科サンザシ属の赤い実の植物であった。実はとろ火で煮詰めて飲むと消化を助けるそうだ。胃薬として胃の調子を整えてくれるという。きれいな花や実をつけるため、日本では植物園や庭園にも植えられているという。

蕎麦は体にとてもいいと言われる。難しいことは分からないが、カロリーも低いという。これから春になると、ふきのとうやタラの芽などが出てくる。山菜などの天ぷらと蕎麦は実に美味い。大好きである。コゴミなどのごま和えもいい。春菊のごま和えと蕎麦も合う。蕎麦打ちもやってみたいものである。

いや、蕎麦を求めてバイクで走ることにするか・・・?

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Jazz 100年

24日(月)、週の始まり。4時過ぎに目を覚ました。外はまだ暗い。空を眺めると満天の星空。南の空に月が輝いていた。

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北斗七星やアンドロメダも頭上に見えた。はくちょう座(?)も東の空に見えたようだ。数日前にLYNX☆さんのところでJassを聴いた。

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3枚ほどのCDを聴いた。LYNX☆さんが音のチェックにも使っているという、UEMATSU TAKAOのCDを聴くとサックスの素晴らしい音が聴けた。

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真空管のアンプから出力される音には、柔らかさと優しさがあった。スピーカーの土台もしっかりとしており少々の音量にはびくともしない。オーディオルームには、適度に音を吸収するものがあり、乾いた音にはなっていない気がした。

UEMATSU TAKAOのJA’S LOVEと A SONG FOR YOUが気に入った。本当にいい音だった。あんなシステムがあったら・・・。

帰宅してから、我が家のオーディオを聴いた。その差は歴然としてた。

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届いたばかりのJASS 100年を開いてみた。

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第1号は、ビル・エバンス。マイ・フーリッシュ・ハート、ワルツ・フォー・デビイ、いつか王子様が、と続く。最初は、ピアノとベースとドラムスのJASSの基本からのスタート。

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次号は、マイルスデイビスなどのトランペットらしい。楽しみである。1年間で26号まで続くらしい。

ずいぶん前に求めていた「Bill Evans」のアルバムを出してみた。

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8枚ほどのアルバムが入っている。Evansがなくなる1週間ほど前に録音したアルバムらしい。

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1980年の夏にサンフランシスコのジャズクラブ「キーストンコーナー」で収録されたもので、発売を目的とされたものではないという。小生には分からないミスタッチがあるそうだが、Bill Evansの魅力が十分に詰まっている。

まもなく朝の5時半。大分明るくなってきた。弥生3月も残り1週間。あちこちで大移動が始まる。引っ越しも消費税のアップで3月中にやる人が多いらしい。そんなに慌てなくてもいいような気も・・・。ゆっくりとバラードの曲でも聴きながら・・・。

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タイヤ交換  GOLFⅣとODEYSSEY Absolute

いつものように6時前に起きた。散歩に出掛けようとしたら雨。

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まずは、いつものココアを作ることにした。牛乳を温めて、ヴァンフォーテンのココアパウダーを混ぜる。蜂蜜をちょっと。できあがる頃に妻が登場するのが我が家の習わし。(笑)

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飲みながら外を眺めて、「タイヤ交換」を思いついた。今週は10度以上に気温が上がり、数日前のような春の雪にはなりそうもない。

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着替えて、オデッセイ・アブソルートの側に行く。

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工具は全く使われていない。小生も、昨年はタイヤ交換をいつものスタンドでやってもらった。店長さんが気持ちよくメインテナンスをしてくれるのでつい甘えてしまった。980円でタイヤ交換をしてくれる。前オーナーも、タイヤ交換は自分ではやらなかったのだろう。

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ジャッキは、別なものを使った。タイヤ交換をすると、足回りや下回りの痛み具合がよく分かる。時にはオイル漏れに気付くこともある。

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今では、どれほどの人が自分でタイヤを交換するのだろう?マフラーに若干の錆が浮いていた。

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続いてGOLFⅣへ。

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工具は、トランクの下に、ジャッキやスパナなどがまとめられていて使いやすい。

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しかも決定的な違いが二つある。一つはジャッキが◇になっていない。非常に軽くて片手で回る。

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さらなる違いは、ボルト。センターの軸にタイヤを合わせて、ボルトで止める。

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日本車よりもしっかり感がある。高速安定性がよい理由がこんな所にもあるのだろう。

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途中雨が降ってきて中断。冷えた体をストーブで温めた。真冬の寒さとは違って、やっぱり春はそこまで来ている。

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一時間あまりで終えた。GOLFⅣは2001年式。まだまだ走れる。足回りがへたってきているが、妻のお気に入りである。GTIはもったいないが、時々別な車に乗ると、「アクセルを踏んだときの力がない」などと贅沢なことを言う。

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終わる頃には雨も上がって、青空に。何でもそうだけど、やっぱり触ると様子が分かる。車もバイクも常に触りながら、変化を感じて走るのがいい。きっと世の中も同じだろう。実態を確実につかんで、あわてずにいろいろなことをやっていく方がよいと思うこの頃である。

朝食は、母が作った草餅である。昨日、息子が栗原の実家に行っていただいた。

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この時期になると、家の近くの土手でヨモギをよく摘んだ。思い出すな・・・。

 

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BLUEBIRD910 

6時前に玄関を出ると、南の空に月が。空は青かった。

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東の田圃に向かって散歩。朝陽が眩しかった。

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田圃には、薄氷がはっていた。春の気配が感じられる。

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田圃にたまった水に朝陽が映っている。

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霞の目飛行場の周りを歩いた。東からみると滑走路が見えた。その向こうに仙台市街が朝陽に染まっていた。

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南の方を見ると八木山方面のテレビ塔がそびえ立っていた。

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ちょっと民家に入ると、道端に猫が・・・。

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さらに歩くと、なんと懐かしい。今でもあるなんて。もう30年になるだろう。

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BLUEBIRD910があった。1979年に発売された人気モデル。沢田研二がコマーシャルに出ていた。 実は小生も乗っていた。

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北海道で撮影した写真である。今はない4ドアハードトップ。新古車で120万円ほどで購入した記憶がある。ベストセラーだった510に戻ったデザインでよく売れた。月間販売台数は15,000台程度だったように思う。この頃はNISSANファンで、その後NISSAN車が続いた。

910は地を這うようだった。足がよかった。発進時には、後ろがしっかり下がって、路面に食いついた。リヤはセミトレだった。四輪独立懸架だった。NISSANの技術が光っていた。TOYOTAよりも好きだった。あのときのNISSANはどこに行ったかな?

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今ではスカイラインも遠くに行ってしまった。桜井健一郎が泣いているかも?スカイラインは、FRにこだわった。BLUEBIRD910もそうだった。BMWもFRにこだわり続けている。動物と一緒で、後ろ足で力を出して、前足でコントロールするという自然を大切にしたのだろう。FRでマニュアルの車に乗りたくなってきた。

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自宅に戻るとき、草木に目がいった。

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偶然の出会いに、昔を思い出した。時々立ち止まり、原点に返って見ることもいい。車やバイクのデザインやコンセプトも、初期の頃に沢山のヒントがあるのかもしれない。VWやBMW、ベンツが頑なに、ポリシーを守っているように。

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生豆を煎る  初挑戦

三日ほど前の彼岸の入りに、いつものコーヒー豆を求めに「なか舎」に行った。

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お店にはいると、焙煎しているいい香りがした。いつも笑顔で迎えてくれる店主とコーヒー談義。 マンデリンとクリスタルマウンテンを購入。生豆の話題になった。

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話を聞いているうちに自分で焙煎してみたくなった。店主は「やってみてください」と言って、おおよそのプロセスを教えてくれた。焼いているうちに「ハゼ」が2回やってくるという。このことが凄く印象的だった。

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店主は、生豆をプレゼントしてくれた。有り難かった。

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帰り際に、「これを読んでみてください」と珈琲大全を貸してくれた。

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中を見ると、生豆の変化が詳しく載っていた。大全では、生豆を煎るのに網を使うことを勧めていた。

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連休初日の今日21日。朝から荒れ模様。雪も降ってきた。薪ストーブに火を入れた。温度が上がってきたので、ストーブで煎って見ることにした。というよりも、お彼岸で、おはぎを作っている妻に、台所を占領されているからだ。

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ストーブの温度が十分でなかったためか、20分ほど煎っても、色の変化が見られなかった。

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ハゼもこない。ガス台に移動した。中火ぐらいで温度を上げた。

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ハゼが2回ほど来た。水分は十分に飛んだが、ストーブでは温度が低かったようだ。いい具合になってきた。鉄のフライパンが重くて、30分以上降っているので、手が疲れていた。汗だく。

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チャーハンを作るときのようにフライパンを動かした。焦げた皮が飛んだ。

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別のフライパンに移して、ドライヤーで一気に冷ました。いい色になった。しかし、香りはいまいち。

冷えた段階で、早速いれてみた。

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生豆はブラジル。香りは少ないが、癖のないいい味だった。煎った豆を瓶に入れて「なか舎」に行った。

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焼きむらがなかったので褒めていただいた。やっぱり時間が長すぎたようだ。

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再び挑戦してみることにした。今度は「マンデリン」の生豆を購入。左がマンデリンで右がブラジル。マンデリンの方が粒が大きい。

そのまま、LYNX☆さんの所へ。初めて風写さんにお会いした。煎った豆でコーヒーを入れてもらった。喜んでいただいた。少し時間が経ったら、美味しくなっていたような気がする。

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LYNX☆さんのLEICA M7は風写さんの所に嫁いでいった。その後、LYNX☆さんのオーディオでJazzを堪能。柔らかな素敵な音に感動。この続きは後日。

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草太  和に合うオデッセイ・アブソルート  

ちょっと出掛けたとき、蕎麦が食べたくなって「草太」に寄った。

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六丁の目中町にある山形の蕎麦粉を使っている手打ち蕎麦やさんである。

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昼を過ぎていた。駐車場が空いていた。玄関からちょっと離れた所にオデッセイ・アブソルートを止めた。

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暖簾をくぐると、和の空間が広がる。通常の民家を上手に利用している。

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昼時には満杯になる。店主は、野球が大好きなのだろうか?ユニホームが飾られている。

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いつもの東根蕎麦を頼んだ。

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通常のお店よりもボリュームがあり、蕎麦は300g。

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山形産の蕎麦粉100%使用している。ちょっと堅めで不揃いだが、腰があって美味い。たれもあまくなく小生にはちょーどいい。

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外が見えるカウンターに座った。隣では、店主が蕎麦を打っている。以前、蕎麦打ちをやったことがある。見ているうちにやりたくなってきた。母方の祖父が、よく自宅で蕎麦を打っていた。

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外を見ると蔵の前にオデッセイ・アブソルートがあった。和の雰囲気に合うオデッセイ・アブソルートに見入ってしまった。オデッセイは、日本の車だが日本に光景に合うように作られたのだろうか?米国では販売されていない。

ラーメンよりも蕎麦が好きだ。蕎麦はお店によってかなり異なる。蕎麦の固さも、たれの具合も・・・。昨日、面白い蕎麦屋を見つけた。

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お洒落な宮城大学

4年ぶりに宮城大学に行った。県立大学として平成9年に開学した宮城大学は、建物が大変お洒落。

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美術作品などがあちこちにある。

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犬が可愛い。

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トンネルを越えると玄関になる。

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池の雰囲気もいい。

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玄関を入ると・・・。

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美術館を思わせる空間がある。とっても気持ちがいい。

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時計もお洒落。

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高い位置から見ても中々いい。

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天井も高く明るい。開放的な空間。

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蛙もいる。

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開学して17年。順調に卒業生を排出し、卒業生はいろいろなところで活躍しているとのこと。県立大学としては魅力的。高校の教員からは、入試問題が大変素晴らしく、受験生の総合的な力を見る問題として相応しいと評価が高いと聞く。

それにしても素晴らしい空間がこの大学にはある。

 

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カセットの世界 

カセットテープも少なくなった。随分とため込んでいたが、家族からの攻撃を受けて撃沈。残りは僅か。

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夜遅くにもどると、攻撃をしていた妻がなんとカセットテープを聴いていた。我々の結婚披露宴で使ったテープや尾崎豊やジョンレノンのテープを。

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カセットデッキは今も健在。20年ぐらい前に、のだやから購入したものだ。買うときに、これが最後でしょうねと言われたことを思い出す。かつては、車でカセットを聴いていた。レコードやCDから録音をして。それが楽しみでもあった。まさに、アナログの世界を楽しんでいた。

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小生も聴いているうちに、MILES DAVIS GIL EVANS のGold Disk を思い出した。1996年の秋に発売されたものである。

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6枚組のCDは、時々流す。当時は余り興味を示さなかった妻も、「いいね」というようになった。

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1958年の5月に始まり、3年弱の歳月をかけて完成したという。ジャズの歴史に残る記念碑的録音だという。

「マイルス・アヘッド」「ボーギー&ヘス」「スケッチ・オブ・スペイン」は、マイルス・デイビスとギル・エバンスの傑作。永遠のコラボレーション。

このCDを聴いていると、レコードの世界を思い出す。アナログの良さを感じる。何か、よき時代を感ずる。心地よさと同時に、何故か落ち着く。不思議だ。とんがっていないところがいいのだろうか。

ところでこのCD、シリアルナンバーが付いてる。758だった。もしかして限定販売だったのだろうか?記憶にない。当時は、スイングジャーナルを毎月読んでいた。そこからの情報を基に、よくCDを購入していた。

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今朝の新聞を見ると、JAZZ100年で、全26巻が創刊された。CD付きで面白そうだ。買ってみようかな?

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ま心 えんどう 

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蒲生海岸から戻る途中「ま心 えんどう」に寄った。

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産業道路を西に向かい、六丁の目交差点付近にあるブックオフの手前を左に入る。

住宅街なのでまったく目立たない。

R100RSを止めて中に入ると、早い時間だったので誰もいなかった。いつもの店主が笑顔で迎えてくれた。

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手打ち麺の特製塩ラーメンを注文。店主が朝日新聞を持ってきてくれた。Img_9715

早くもなく,遅くもない,いい塩梅の時間にラーメンがやってきた。

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丸い形の柔らかで,肉のうまみが十分に出ているチャーシューとえびが特徴である。

手打ちの縮れ麺の腰も適度にあって、ラーメンのスープを拾ってくれる。

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ちょっと新聞に目を通すと、JR東日本の広告が目に止まった。

左の新顔はともかく、右のスタイルはどうもいただけない。時速320キロは、本当に必要だろうか?真生ちゃん人気で、ソチオリンピックの真央ちゃんの放映時には、ものすごい電力消費量だったという。新幹線が時速320キロになったら、その時の電力消費量もすごいだろうと余計な心配をしてしまう。なるべく電気を使わない生活にしていく必要があるように思う。自分のことは棚に上げて言っているが・・・。

時速320キロで事故が起きたらどうなるだろうか?F1の速さ以上だと思うが?F1と言えば、亡くなったアイルトン・セナを思い出した。セナが好きだった。もう20年ぐらい経つのだろうか?

いずれにしても、そんなに急いでどうするんだろう。STAP細胞も急ぎすぎたようだ。STOP細胞が人間にはほしい。今こそ、立ち止まって考えるときかも?

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「ま心えんどう」のスープは魚が中心で優しい。老夫婦でやっているこのお店は,もう13年になるという。訳があって,この地でやり始めたという。ゆっくりと立ち止まって考えるには、いい空間となっている。寄ってみる価値あり。

今夕(17日)は、空を見上げるとジェット機のオンパレード。

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ジェット機雲もアナログの世界だ。幼少の頃、田圃の畦道に仰向けになって空を眺めたことを思い出す。

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シェルコム仙台  早めの修繕を

日曜の早朝、仙台は泉区にあるシェルコム仙台に行く機会があった。

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いつもの正面玄関は封鎖されていた。西側から入ると天井から青空が見えた。2月の大雪の被害だった。いつかの新聞に掲載されたいた。

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外側から見ると、中々芸術的。出来て何年になるだろうか?

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この日は、天気が良く泉ヶ岳もよく見えた。朝はよく冷えた。

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中に入ると、かなり冷え込んでいた。日があたらないので冷凍庫みたいだった。観客席には暖房が入っていた。

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ドームなので天井は、こんな具合。

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大震災以降、電光掲示板のスコアボードが使えない。ボールカウントなどを見ながら楽しむ野球の面白さを半減させている。もう3年になる。早めの修復を期待したい。

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帰り際に、ちょっと高い位置からやまなみを見た。仙台の良さを感じた。泉ヶ岳スキー場にはまだまだ雪がある。

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泉中央駅から仙台バイパスに出る途中、目の前に歴史を感じさせるFIATが。何か落ち着く感じだ。イタリア車のデザインの良さを感じる。左ハンドルを握る男性は、美味そうに煙草を吸っていた。

 

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蒲生が大好きです

15日(土)の昼前、一仕事を終えて帰宅。ちょっと整理をして、天気がいいので出掛けることにした。目的地は、蒲生海岸。

昨日、蒲生で津波にあい、仙台市立中野小学校に避難して助かったKさんからメールが届いていたからだ。

返信遅れ申し訳ございせん。いつも心に留めて頂きありがとうございます。あの日から3年経ち気持ちも徐々にですが落ち着き元気に仕事に励んでおります。避難の際には大変お世話になり本当にありがとうございました。私達にも孫もでき、生きる力を与えてもらい、今年中には自宅を再建する予定で、下向きにならずに前向きに生きて行こうと思っています。Binkenさんに校正して頂いた冊子は、中野小学校跡地の慰霊搭の前に置き、慰霊に来られた多くの方々に読んで頂いております。これからも冊子を増刷し、多く方々に読んで頂き、あの震災を風化させない活動を行っていきます。長くなり申し訳ございせん。

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冊子のはじめには、

大地震と大津波は、私たちの住み慣れた地域を壊滅し、それぞれの人たちの大事な家族や家族との思い出、そして、人々がこれまでに長年にわたって築き上げたすべての財産までも奪い、生き方まで変えてしまった。

と記されている。

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中野小学校跡地の慰霊塔に手をあわせ、蒲生海岸に行ってみた。年末以来である。

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防潮堤が海を遮っていた。かつての景観が失われてしまった。

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でも、蒲生の美しさがある。

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親子ずれだろうか?向こうには貨物船などが停泊していた。水平線が美しい。

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日本で一番低い山「日和山」。その看板には、沢山の思いが記されていた。

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「ガキの頃から遊んだ日和山が大好きです」「蒲生 I Love」

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小生も、30年ほど前から随分と足を運んだ。渡り鳥も沢山いた。近くの鰻やさんが美味しかった。

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今日の足は、R100RS。元気にボクサーエンジンを聴かせてくれた。最近、。このサイズがとてもいいと思うようになった。取り回しも楽だ。R1150RTは、走り出せば軽快だが、重い。ちょっと止まって写真を撮るのにも、R100RSは最適。

走っていても無理は禁物。ブレーキは甘く、タイヤは細い。しかも適度な振動もある。 だから、乗り手に路面状況を確実に伝えてくれる。戻って車庫に納めるとき、タンク周りの埃を丁寧に落として磨いた。無数の傷に歴史を感ずる。

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不忘園

いつものなか舎が休みだった。コーヒー豆も切れていた。近くに美味しい豆はないかなと思って探した。

FTC不忘園なるものを見つけた。

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仙台は大和町のお店。初めてである。中にはいるとまさにアナログの世界。

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生豆がたくさんあった。10分ほどで焙煎してくれる。

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マンデリンを頼んだ。女性二人がやっていた。

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もともとはお茶やさんらしい。生茶も購入。

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駐車場の奥には、ビートルのボディだけがあった。きっとVWをこよなく愛しているのだろう。

コーヒーを飲みながらブログを書いていると、地下鉄にいただいたお菓子の袋を忘れたことに気付いた。あー。何とも。涙。

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クシタニ 

R1150RTを購入直後、仙台のクシタニから、エクスプローラーのブーツを購入した。妻のも一緒に。

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あれから10年以上経つ。エクスプローラーのレザージーンズも購入した。これまた妻のも一緒に。ブーツもジーンズも非常に履きやすい。

特にジーンズは、ラインディング時だけではなく、日常にも使える。柔らかく、感触もいい。専用の洗剤を使って洗濯すると、実に綺麗になる。

今回は、ブーツを修理に出した。大分汚れてきたからだ。特に左側は、チェンジペダルに当たるところが傷んできた。

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一月に出して、数日前にできあがった。中も外も綺麗になった。チェンジペダルが当たるところは,新たにレザーを貼ってくれた。費用は約7,000円。決して安くはないが、長く使うことを考えれば安い。自然に優しく生きるためには、物を大切にしてできるだけ長く使うことだといつも思う。

カメラの購入を決断できない理由がそこにある。カメラマンでもないので、今ある物に満足しつつ、じっくりと考えようと。Canon以外のNikonやOLYMPUSにも目が行くが,これまで愛用してきたEF、FDレンズを大切にしようと思ってしまう。近いうちに、結論はでると思うのだが・・・?

さて、クシタニに妻と一緒に行った。義父母の墓参りの帰りだ。いつもの店員さんが笑顔で迎えてくれた。駐車場に入るなり気付いたらしく、既にカウンターの上に修理されたブーツが置いてあった。綺麗になったブーツを見たとき、単純に感激した。

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その後、駐車場まで店員さんが出てきて送ってくれた。その時、駐車場に止めてあるBMW R80に目がいった。赤のR80である。

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そこでBMWのバイク談義。クシタニには、最近BMWの古いボクサーツインに乗っている人が足を運ぶという。パニアケースも沢山あるという。写真を撮って、クシタニを後にした。

義父母は、若林区の保春院に眠っている。伊達政宗のお母さんが眠っている由緒ある寺だという。今、本堂を建築している。

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墓地の隣の木々に、春を感じさせる蕾が膨らんでいた。

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早いもので、義父は3年、義母は1年になる。我が家の3人の子供たちが幼少の頃から可愛がってもらった。

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ゆと杜倶楽部  遠刈田へ(その2)

3時過ぎに着き、チェックイン。

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暖炉の火を眺めながら、コーヒーを。部屋に入ってまずは温泉に浸かった。

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今回は、ロビーでのコーヒーやビール、夕食時の日本酒やワインやウイスキーなど、全てがフリーで2000円を妻が加えた。

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アルコールの質は,夕食同様に高い。特にワインは豊富で、樽からのワインの味がフルーティーであった。日本酒の純米酒はよく冷えていた。

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夕食は、バイキングである。野菜などは,地元の蔵王で穫れたものを中心に使っている。揚げ物は少なく、野菜が中心で非常に美味い。ステーキも柔らかく美味だった。ご飯、パン、カレー、パスタ、スープなど充実している。食べた後のお腹の具合もいい。非常にヘルシーである。我が家では、カレー好きの娘が味の良さに感動していた。

大根をつかったサラダが絶妙だった。

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夕食後、ラウンジで暖炉コンサートがあった。懐かしい歌を聴くことができた。「いちご白書をもう一度」「卒業写真」「酒と涙と男と女」など・・・。30年ぐらい前にタイムスリップした。聞き終わる頃には,眠くなっていた。

ラウンジと部屋の間にある中庭は、しんしんと降る雪に静まりかえっていた。

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橙色の照明が、気持ちを温かくしてくれる。

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写真には,雪の軌跡が写る。

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明け方4時過ぎに目を覚ました。一人、風呂に行った。

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もちろん誰もいなかった。しばらくすると息子がきた。風呂の湯は、波一つなく静かだった。まるで鏡のように。

再び寝た。目が冷めると七時。両親も起きていた。朝食へ。やはりバイキング。夕食同様、質の高い料理で,ヘルシーだった。パンやお粥など、とても良かった。卵焼きなどは,その場で焼いてくれるので熱々が食べられる。

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帰ってきてから妻は「仙台から近くて,散策や山登りもできて、老後の楽しみが増えたわ」と言うではないか。しかも、「本を沢山持ち込んで読書三昧もいいわ」と・・・。部屋も広いが,ラウンジなど、ゆっくりできる空間があって,とてもいいという。別荘感覚で過ごせる空間が、ゆと杜倶楽部にはある。

人気の理由がよく分かる。

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あすという日が  大震災から3年

2011年3月11日、午後2時46分。時計が止まったままだ。

あの時、1週間ほど職場で寝泊まりした。ほとんど自宅に帰れなかった。

仙台の街の照明は消えた。真っ暗に近い仙台を見たのは初めてだった。電車も止まり、仙台駅などは人で溢れた。

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帰宅困難者の避難所となった近隣の学校も人で溢れた。津波に襲われた仙台の荒浜や蒲生地区の方々の避難所となった若林区の学校や市民センターなども人で溢れた。

止まった新幹線や電車から降りてくる乗客で人が溢れた。

停電となり、テレビは見ることができない。唯一情報源となったのはラジオだった。電池で聞こえるラジオだけが頼りだった。今でも記憶に残るラジオからの報道は「仙台の荒浜地区に多数の遺体」が、繰り返し報道されたことだ。津波は,若林区役所まで到達という報道まであった。東京で勤める娘からメールがあった。みんな大丈夫と・・・。

二人で暮らす義父母が心配になり、真っ暗な夜道を自転車をこいで確認しに行った。近くの学校に避難しているのではないかと思い、探した。無事だった。下の娘も心配で愛犬を連れて行ってくれた。

我が家の食器類は・・・。

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我が家のスイフトには、コンクリートの塊が落ちた。誰もいなかったからよかった。

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そして翌日の新聞は、次のように。

 

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1年後の新聞は、こう報じている。

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震災から数日後、神戸や新潟からお手伝いに来てくれた。有り難かった。阪神淡路大震災を経験している神戸市からは、たくさんのノウハウと多大なる支援をいただいた。多くの被災者が、助けられた。被災後、いろいろな方に助けられ、おつきあいをさせていただいた。

感じたことは、都会ほど、自助から共助への進行は遅いということだ。きっと、大災害が起きたときに、大都会では、共助という行為に移るまで相当な時間を要するだろう。震災後、大学時代の友人から職場にメールが届いていた。しばらくしてから同僚が教えてくれた。「生きているか?」の一言だった。でも、嬉しかった。ワインセラーでお世話になった、東京のドメティックのMさんからも連絡があった。山形の薪ストーブの「ぜいたくや」さんからも。

震災から1年4ヶ月ほど経った2012年の夏、中野小学校に避難した仙台の蒲生地区のKさんから連絡があった。当時のことを記したので、読んでくださいと・・・。Kさんこう記していた。

 

あの大きな揺れからどのぐらい時間が経ったかはわからないが,職員室の中から「津波がきているぞ」と大きな叫び声が聞こえた。教室にいた児童や,廊下や階段付近にいた人達に屋上に避難するように大声で叫びながら校舎内を駆け回った。中野小学校の先生方や各町内会の役員の方々,避難してきた近隣の工場に勤めている若い人達などと協力し合いながら,互いに大声で叫びながら屋上へ駆け上がるよう誘導をした。

避難の際,多くの人達が,悲鳴や泣き声,そして大きな叫び声を出し,あわてふためきながら屋上へ駆け上がり,指示に従っていた。高齢者・怪我された方や障害を持った方々には,手助けするなどをし,お互いに協力し合ったので,幸いに屋上へ避難するときには,転倒事故などの二次災害は無かった。

屋上へ避難した私たちが,どす黒い津波が押し寄せ,すべてのもの破壊するあの情景を見たときに,地震の恐ろしさと,津波のすさまじさに言葉も出なかった。

七北田川を見たとき,津波の2波か3波のいずれかと思うが,引き潮によって川底が見えたときには血の気を失うような怖さを感じた。

屋上から見た蒲生町内や港町内の情景は,太平洋と七北田川から流れ込んだどす黒い波によって一変した。これまで長年にわたり住み慣れ,数多くの思い出やそれぞれの思いの詰まった多くの住宅は,跡形もなく無残な姿に壊され,どす黒い波が漂う海に数多くの家屋や自動車などが流されていた。

屋上のフェンス越しから津波の押し寄せる状況を見ていた人達は悲鳴や泣き声や悲痛な叫び声をあげた。落胆する姿の人達が多くいた。

避難した人達が,近くの人と互いに声を掛け合いながら,慰め合ったり,励まし合ったりしている姿を屋上の所々で見かけた。

徐々に気温が下がり始め,雪が降り出し,寒さが身にしみるようになり,避難していた人達は肩を寄せ合いながら寒さをしのいでいた。

震災から3年経った今日3月11日、蒲生の慰霊碑の前に、これを綴った冊子が置かれていたと、同僚が教えてくれた。きっとKさんが置いたのだろう。

SING ALL JAPAN 東日本復興応援プロジェクトも思い出した。「あすという日が」の曲が良く流れた。

 

 

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ゆと杜倶楽部  遠刈田へ

3月9日(日)、両親を誘って遠刈田へ向かった。秋保を通って釜房ダムへ。

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湖面は半分凍っていた。秋保から釜房までの道は、適度なワインディングロード。バイクで何度か通っている。両側に雪が残っているが、道路は乾燥していた。

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遠刈田のこけし館に寄ってみた。東北地方のこけしを中心に相当数が飾られている。

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優しい顔のこけしが好きだ。鳴子系が好きだ。

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こけしひなまつりがあった。こけしだけのおひな様。なかなか素敵。

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一緒に行った息子は、童心に返って駒を回していた。小さい頃の感覚を取り戻し、かなり上手い。

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小さい頃、春休みや冬休みに毎年鳴子温泉に行った。一日に何度も温泉に入り、よく鳴子の町を散歩した。こけしを作る作業をじーっと見て、興味を示していた。その時のことを思い出した。

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蔵王チーズの特売所で休憩。いろんなチーズを試食。娘がストロベリーをゲット。

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駐車場にコペンが3台。しかも3色。絵になっていた。

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いつかはオープンをと思っている。VWのEos。カメラではない。VWのゴルフカブリオレ。ミニのコンバーチブルもいい。ビートルもいい。「夢を見ていなさい」と、家族には言われる。

遠刈田へは、仙台から近い。遠くの温泉に行くのもいいが、近くもいい。時間的なゆとりがある。80を過ぎたも父親は元気で喜んでいた。孫との会話を楽しんでいる。母親も、初めての蔵王に興味津々。夜になると、雪が降ってきた。

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せり

最近、居酒屋やちょっとした宴会に行くと、良く、セリが出る。田舎育ちの小生は、小さい頃からせりは良く食卓に出た。正月のお雑煮や茶碗蒸しにはセリがのっていた。七草の一つでもある。

昨夜もせりがでた。

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せりは、宮城県が全国一の生産量をほこるという。

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セリは、ビタミンCやミネラルがたっぷりだという。ガンの予防にもなるらしい。植物繊維もたっぷりだろう。

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フォーマルな場に、義父の形見で固めた。

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大震災から半年経った秋に義父が逝った。タイピンとカウスボタンは義父が愛用していたもの。身に付けたスーツも、義父がプレゼントしてくれた。夕飯を共にしたとき、戦争当時の話を聞いた。

日本庭園を愛し、自宅の庭の手入れも丁寧にしていた。

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昨夜は、お祝いの会だった。地下鉄の最終に乗り遅れるところだった。仙台の地下鉄も、南北線に加え、まもなく東西線も開通するという。都会になったなと思う。

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神の雫

今朝の仙台は、昨日同様薄化粧。

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遠見塚古墳が朝日に輝いていた。

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彼方此方で、冬と春が混じっていた。芽を吹き出すスイセンやチューリップ。

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 木蓮の芽も大きくなった。

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昨夜、風呂でコミック「神の雫」を読んだ。昨年9月以来。40・41巻を求めた。

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 このコミックの面白さは、ワインを表現するところ。ワインの表現を読むと、実に面白い。

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「女とワインは時間とともによくなる」

あの「モンローズ」みたいに生きよう。最後に残された時間を・・・。

「本当に透明で澄んだ、明け方の東の空みたいだ」

「このワインは男性的であり頑なで,若いうちはまったく微笑もうとしない」

「注がれるうちにつれ、暗い森に少しずつ光が差し込む気配が満ちていく」

「優れた古酒は,古いアルバムをひもとく時に蘇るめくるめく思い出のように、グラスの中で鮮やかさを取り戻していくものです」

現実はコミックのようにはいかない。高価なワインを集めようとも思わない。料理に合わせて、ワインを美味しく飲みたい。料理に合うワインの幅は、他のお酒よりも遙かに広いように思う。

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何か、ワインにはゆとりを感じる。ワインを飲むと次第にアナログの世界に近づいていく。ワインオープナーでコルクを抜く、グラスに注ぐ、ゆっくりと注ぐ、グラスを口に運ぶ、香りを嗅ぐ、口に含んで味わう。

歴史と伝統のあるフランスやイタリア、スペインで好まれる理由が、そこにあるのかも?

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薪ストーブ利用世界一を目指す

目が冷めると、外はうっすらと雪化粧。公立高等学校の入試日だ。余り降らなくて良かった。

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 ココアを飲みながら朝刊を読む。

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奥羽山脈の山あいにある岩手県西和賀町が、「薪ストーブ利用世界一」を目指しているという。

今朝(3月6日)の朝日新聞に掲載されていた。福島第一原発事故を受け、「地産地消のエネルギーづくり」もPRするという。

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今、日本では何を大切にすべきかを考えることが大事だと思う。行政が中心となって,こういう動きをすることが大切だと思う。先人の知恵と技に学び、歴史と伝統を大切にすることが今大切かと・・・。

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 我が家の薪ストーブは、大震災の時に大活躍。電気は必要ない。煮炊きもできる。薪さえあれば。薪ストーブの炎があれば、心が安らぐ。今を大切にして、明日のことを考えられる。

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 道の駅「錦秋湖」でも、昨年から薪ストーブを利用しているという。防災拠点としての大切な武器だという。

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 夕方、雪が強く降ってきた。気温も下がってきた。

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 我が家の薪ストーブは、今夜も「心の安らぎ」をプレゼントしてくれる。昨夜、BSの深層NEWSで、たまたま下村文科相と藤田教授の討論を見た。文科相の考え方に、ゆとりのなさを感じたのは小生だけだろうか?ストーブを眺めながら討論するといいかも?

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東日本大震災を思い出す

 

日曜日の昼下がり、運動不足解消に広瀬川沿いを散歩した。

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いつもの公園には、人が少なかった。

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その分、鳥のさえずりが良く聞こえた。

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 川面には、鴨がいた。以前はこんなにいなかったように思うが。私の姿に敏感に反応して、写真を撮ろうとすると川面から飛び立つ。

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それがまた、いいシャッターチャンスを与えてくれる。

 カメラはいつものEos Kiss。レンズは、70―200mmのズーム。1:2.8で明るいレンズだ。それにExtenderを付けて2倍にした。

 川沿いから見る仙台の街並みは、霞の目飛行場付近から見る光景とはまた違った。大きな木があった。確か、新緑の時には緑が綺麗だったように記憶している。

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広瀬川沿いを歩くと、春を見つけた。小さな、小さな紫の花が咲いていた。ついこの間まで、雪に埋もれていたはずなのに。

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広瀬側で思い出すのは、青葉城恋唄。

 

広瀬川流れる岸辺 想い出は帰らず
早瀬(はやせ)(おど)る光に 揺れていた君の瞳
時はめぐり また夏が来て
あの日と同じ 流れの岸
瀬音(せおと)ゆかしき 杜(もり)の都
あの人は もういない

 

この曲は、1978年(昭和53年)に大ヒットした。その年の6月12日の夕方に、宮城県沖地震が起きた。大学生だった。

3年前の3月11日(金)から、まもなく3年。あの時の様子が、午後2時46分の様子が思い出される。

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NEW R1200RT

日曜日に、新しいBMW R1200RTの内覧会に出掛けた。昨年秋からネット上や雑誌に記事が掲載されていたので、おおよその概要がつかんでいた。

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 実物を見て感じたことは、K1600GTと似ているということだ。大きな違いは、ボクサーツインと6気筒だろう。それに伴って,重量も100kgぐらい違うのだろう。走っていたら、よく見ないと気が付かないだろう。

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 価格差は約30万。GTLだと50万近い。これをどう見るか?というよりも、ボクサーツインを好むか、シックスを好むかの違いだろう。

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 RTのルックスは、先代のRTとはまったく異なる。サイドビューだけは似ている。

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正面からサイドにかけては、スリムになった。先々代のR1150RTによく似ている。きっと、先代のR1200RTよりも好まれるだろう。

 跨がってみると、足つき性はかなりいい。174cmの小生の足は、両足のかかとまで着く。これで立ちゴケも減るだろう。

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メーターパネルは、電子制御のランプが沢山あり、まるで車に近い。車よりも派手かもしれない。バイクもバイクでなくなった。最近、かつてのライダーが2輪に戻っていると聞く。手が届く範囲内での購入だろうが、車以上の価格となるバイクを買える層は決まってくるのだろう。

 

 NEW RTにはいずれ試乗したいと思う。この春デビューするR NINE Tに興味をもっている。

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 MotoliveO2の前にあった、BMWのスクーターは格好良かった。

 

 

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ひな祭り

三月になって、朝の空気も違う。そこまで春が来ている。今日は、花の節句、ひな祭りである。

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女の子の成長を願う「花の節句」。我が家には二人の娘がいる。小さい頃から、おひな様を飾っていた。

今年は,いつになく早く飾った。妻曰く「下の娘が,この家でひな祭りをするのは,最後になるかもしれないから」

就職が決まった娘は、どこ行くのか?

 

このひな人形は、昨年の3月4日に亡くなった義母が作ってくれたものだ。義母は、洋服も自分で作っていた。妻の洋服も作ってくれていたという。

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田舎育ちの小生は、大人になるまでひな人形を見たことがなかった。お金持ちの家にしかないものだと思っていた。

それが今では、身近にある。

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あるホテルの玄関に飾られたひな壇である。子供たちが幼少の頃には、こんな具合に飾っていた。

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夜の食事会を早々に切り上げ、我が家に戻ると、ちらし寿司が。妻が娘のために作ったものだ。娘は、小生に画像を送っていた。

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器は、栗原の陳ヶ森焼きの鈴木さんが作ったものだ。ちらし寿司が映える。

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お吸い物とお酒で一杯。やっぱり我が家で飲む酒はうまい。

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パン作り 薪ストーブで

雨の日曜日。今日は娘と二人。久しぶりに、薪ストーブでパン作りをした。

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砂糖と塩は控えめにした。バターは入れずに、表面に塗るだけにした。

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生地をこねて、200回ぐらいたたくと汗だくになる。ストレス解消。

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ストーブにのせたオーブン上で発酵させると、こんなに膨らむ。

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オーブンは、数年前にやまがたの「ぜいたくやさん」から購入。下の天板は、ぜいたくやさんの社長さんが、特別に作ってくれた。ヨツールのパイス8に合うように。パンやケーキを作るときにはとてもいい。ストーブの温度は上げておく必要がある。

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オーブンの中の温度は、約220度ぐらい。

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20分ぐらいするといい具合になる。中々上出来。

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ちょっと遅いランチになった。

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夕方帰った妻にも褒められた。退職後の趣味の一つか?

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3月の2日の日曜日は、生憎の雨。

昨夜NHKの東日本大震災のへりからの映像を見たあと、よく眠れなかった。震災時には停電のため見ることが出来なかった映像だった。あまり見ようとしなかった。

布団の中で、明日はゲレンデに向かうか、バイクに乗るかと思いを巡らしていた。起きて庭を眺めると、バラの木に雫が。EOS Kissで撮ってみることにした。レンズは、EF300 1:4L。15年ほど前のレンズである。

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手持ちの連続シャッターを押してみた。やっぱり手ぶれが起きている。

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それでも水がはじける様子が写っている。

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先日まで凍っていたナンテンにも向けてみた。

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枝が10m以上に伸びているフランソワ・ジュランビルにも雫が。背景との相性が良かったかも?

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秋になると赤く染まるニシキギにも雫が。今日は、ちょっと画像を大きくしてみた。

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約束の海

今日から弥生3月。いつもより遅い7時過ぎに起きた。本を持って風呂場に直行。半身浴をしながら、読書三昧。大好きな作家の一人、山崎豊子の「約束の海」を読むことにした。

あっという間に2時間。時計を見ると9時を過ぎていた。湯の温度も下がっていた。妻が、水分補給にとウーロン茶を持ってきてくれた。いつになく長い半身浴にあきれていたようだった。風呂から出て着替え、ストーブの前で読み続けた。

飲んだ次の日だったので、ココアとフレークにしてくれた。「約束の海」は、潜水艦に乗る花巻朔太郎を主人公にした小説である。1988年7月23日に起きた潜水艦なだしおと遊漁船第一富士丸の衝突した事件を思い出した。

衝突事件で30人の命が奪われ、潜水艦に乗る自衛官として、この仕事を続けるべきかどうかで悩む花巻の姿を中心に描かれている。フルート奏者頼子に惹かれていく花巻の心境の変化も興味深い。山崎豊子の作品はどれも、誠実に生きようとする一人の男を描いたものが多い。沈まぬ太陽の恩地元、運命の人の弓成など。男として、人として生きる上で大切なことを考えさせられる。

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山崎豊子は、綿密な取材を行って小説を書いてきたという。それだけに描写は鋭く、正確だ。訴えるもの、考えさせるものがある。今回の「約束の海」も、5年前に構想づくりに入り、3年前に取材を開始して、二年前からあらすじを作り、執筆に入ったのは1年前だという。いつかは書いてみたい人物がいたという。

今回の取材は、相当困難だったようだ。白い巨塔の医学、華麗なる一族の金融などを学んだ比ではなかったという。

本の最後に「執筆にあたって」が著されている。その中に、いろいろ勉強していくうちに「戦争をしないための軍隊」という存在を追求してみたくなりました、とある。

「約束の海」は、山崎豊子の逝去により未完となってしまった。とても残念に思う。この後、花巻朔太郎はどのように描かれていくのか楽しみだった。

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古本屋で見つけた「小説ほど面白いものはない」を引っ張り出してみた。自分の足で取材し、一日10時間の執筆活動、小説作法の秘密などが記されている。面白い。

昼前に読み終えて、運動不足解消に散歩に出た。カメラを持って。広瀬川沿いを歩いた。

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2時間ほど散歩して帰る途中、空腹を覚え、近くの坂内製麺に寄った。母と娘でやっているお店だ。珍しい。

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中華そばを頼んだ。あっさり味の方を。母娘のように優しい味だった。薄味の小生には、ちょっとしょっぱかったが。

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近くにある、LAY UP CARSにもよってみた。VOLVOやVWの車があった。輸入車は、見ていて楽しい。日本車にないデザインと雰囲気がある。

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とにかく僕は、いつでも追いかけていたい

暖かな朝だった。歩いていても気持ちがいい。手袋をしなくても手は冷たくならなかった。

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仙台は五橋から地下鉄に乗った。聞くところによると日本で一番高い?地下鉄らしい。埼玉のほうにも、高い線があるやに聞いている。

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 地下鉄南北線で泉中央まで行くと、朝日がまぶしかった。泉中央駅には、パリのルーブル美術館のピラミッドエントランスを思い出させるガラスで作られたピラミッドがある。

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ルーブルからヒントを得たのだろうか?1995年ごろに一度、ルーブルに行ったことがある。モナ・リザやサモトラケのニケなどを思い出す。ルーブルというと映画「ダ・ヴィンチコード」も思い出す。

Ruburu

そんなことを思いながら歩くと、至る所に「羽生結弦選手 金メダルおめでとう」の看板がある。ここは、羽生選手のふるさとである。

母校には、こんな看板もあった。

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今朝(28日)の天声人語によると、羽生選手は「とにかく僕は、いつでも追いかけていたい」と話したという。

夢と強い意志が感じられる。大いに応援したい。

今夜の最後は、ダイニング廉。若者といい時間を過ごせた。

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帰ると、息子が待っていた。

 

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