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田圃と畑の緑が蘇ってきた

休みを取った午後3時過ぎに息子と近場に出掛けた。いつものスタンドでガソリンを満タンにして。津波でおそわれた仙台新港、宮城野区の岡田地区を走った。田圃には稲が、畑には豆が育っていて、青々していた。嬉しくなった。震災前の元の緑が蘇ってきた。20年以上も前にこの道をよく通っていたことを思い出しながら、息子に話し掛けた。「ここは、よく通勤に使っていたんだよ。」と
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今朝の朝日新聞で「運転中の車をハッキング」という見出しがあった。運転中の車がハッキングされ、ハンドルやブレーキが利かなくなる事態が将来起きるかもしれないという。アメリカのラスベガスで開催中のハッカーの祭典で、その手口を披露したという。

怖い話だ。最近、車もバイクもコンピューターで制御されて、便利になってきた。それと反比例して、人間のコントロール能力や感性は落ちてきている。バイクや車のエンジンやタイヤの音を聞きながら、調子を見るとか。窓を開けて、その土地の臭いを感じるとか、そういう人間の五感を使って感じ取る心が失われてきたように思う。特に、バイクにあっては、BMWのボクサーツインの鼓動や他のバイクのVツインやLツインの鼓動を感じ取ることも少なくなってきたようだ。寂しいことは、BMWもボクサーツインよりもK1600GTのような多気筒のエンジンに力を入れているように感じることだ。

ボクサーツインのようなアナログの世界を大切にしてほしいものだ。バイクは、人間とバイクの一体感によって最高の性能を発揮するマシンである。電子制御によって快適性を求めても限界はあるし、電子制御にコントロールされたバイクの魅力には限界がある。人間が操る魅力がバイクに無ければならない。安全性を求めることに反対しないが・・・?

かつて所有していたバイクの写真を見つけた。YAMAHAのビラーゴ400。Virago2

足を前に投げ出してゆったりとクルージングを楽しめるバイクだった。いつも、ピカピカに磨いていた。グリーンのビラーゴが好きだった。妻を初めて乗せたバイクだった。

そして、YAMAHAのVMAX。
Vmax

VMAXは、ストレートだけは早くて、頭が後方においていかれるイメージがあった。ワインレッドのVMAXが好きだった。

Vmax2

今思えば、所有していたいバイクだった。温もりを感じるバイクだった。アナログの世界を感じ取れるバイクだった。人間と一体となれるバイクでもあった。

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